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たまたまこの時代に生きていることの意味 [その他]


数日前、母方の祖母が亡くなり(83歳)、葬式諸々に参加してきた。
千葉なので幼少から本当に多くの時間を共にした思い出深い祖母。

晩年はボケたおしていたので(残念)、ここ数年は僕のことなど認識もできない
状態になってしまっていて、なかなか祖母孝行できなかったというのも
正直なところである。

母方は祖父が20年近く前に他界し、
父方は数年前に祖父母とも他界してしまったため、
自分が商売を始め、自分の稼ぎで何か贈ることもままならなかったことは
悔やまれてならない。




千葉の祖父母は漁師の家系なので幼い頃からそれを見ていた。
母やその兄弟は半数が東京方面へ、半数は地元に残った。

一方、父方は鹿児島で、祖父母が小売店を営み、
父の兄弟は父を含め二人が上京、一人が地元に残った。


祖父母達の時代は戦前戦中戦後全てを経験し、
国が大きくなるダイナミックなタイミングの原動力として
父母の時代があった。

その父母達ももうすぐ仕事人としては役目を終える。


田舎に育って多くの子供を育てた祖父母世代。
都会に出て我々に教育や多くの豊かな暮らしを与えてくれた両親世代。



はて、我々はどこに向かい、何を残すのか。
地元?東京?地方?世界?


そんなことを通夜と葬式の間が空いた1日で考えた。



答えが一つでないのもわかっているし、
明確な答えなど無いのかもしれない、
ただ、何か小さくても良いので正しく意味のあることをしたい。

最近の海外出張や諸々で少しヒントを掴んだような気もする。




11月は良い意味で悩む月になりそう。







美しく暮らした祖母に、合掌。



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