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たまたまこの時代に生きていることの意味 [その他]


数日前、母方の祖母が亡くなり(83歳)、葬式諸々に参加してきた。
千葉なので幼少から本当に多くの時間を共にした思い出深い祖母。

晩年はボケたおしていたので(残念)、ここ数年は僕のことなど認識もできない
状態になってしまっていて、なかなか祖母孝行できなかったというのも
正直なところである。

母方は祖父が20年近く前に他界し、
父方は数年前に祖父母とも他界してしまったため、
自分が商売を始め、自分の稼ぎで何か贈ることもままならなかったことは
悔やまれてならない。




千葉の祖父母は漁師の家系なので幼い頃からそれを見ていた。
母やその兄弟は半数が東京方面へ、半数は地元に残った。

一方、父方は鹿児島で、祖父母が小売店を営み、
父の兄弟は父を含め二人が上京、一人が地元に残った。


祖父母達の時代は戦前戦中戦後全てを経験し、
国が大きくなるダイナミックなタイミングの原動力として
父母の時代があった。

その父母達ももうすぐ仕事人としては役目を終える。


田舎に育って多くの子供を育てた祖父母世代。
都会に出て我々に教育や多くの豊かな暮らしを与えてくれた両親世代。



はて、我々はどこに向かい、何を残すのか。
地元?東京?地方?世界?


そんなことを通夜と葬式の間が空いた1日で考えた。



答えが一つでないのもわかっているし、
明確な答えなど無いのかもしれない、
ただ、何か小さくても良いので正しく意味のあることをしたい。

最近の海外出張や諸々で少しヒントを掴んだような気もする。




11月は良い意味で悩む月になりそう。







美しく暮らした祖母に、合掌。



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Jobs Forever [その他]

Steve JobsのCEO退任のニュースは皆様もご存知かと思います。

いやはや。

その日がやってきましたか。。。





私のMacライフはJobs不在のApple時代からのスタートです。
そこからはや15年以上の月日を過ごし、酸いも甘いも、
やや酸いが多い感じですが味わってきました。


AppleとJobsがあったから、
大学時代に現マクドナルドの原田さんとの出会いもあった。
(当時彼はApple)


Jobsのスタンフォードの卒業式スピーチに何度励まされたことか。


現役経営者の中で最も、
「情熱と夢」を持ち続けることの力を与えてくれた彼でした。




なんとなくの喪失感。


この感じ、信者ならではなのでしょうね。







今宵は彼の偉業に想いを馳せるとします。













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ある編集者の話 [その他]

二十数年前から知る人のお父上が名編集者であった。

僕が死ぬまでこの1冊は書棚に残しておきたいと思っていた
その本をまとめたのはなんとその方。


今までつながらなかったのが不思議な縁。
しかしそれもまた縁。




御歳六十数歳、
気力は衰えたと言うものの、
しっかりとこれからやりたいことを持っていらっしゃるようだ。






翻って、その子供
つまり我々世代。




どうにもエネルギーが欠けているように感じられる。






その方達は、
経済成長があったから熱い世代だったのか、
熱い世代だったから経済成長があったのか。






それはわからないが、
僕らは僕らの時代を生きていて、
別に熱い奴らなんて世界中には腐る程いるわけで、
そういう連中と面白いことをやっていけば自分も飽きないわけだ。






まとまりに欠ける話だが、
熱い時代を生きた人が人生の後半にさしかかり、
少しずつクールダウンしてきている様はとても格好良く、
見習うべき事が多い。




久々に嬉しいご縁。





面白いことを世の中に発信しなきゃならないな。
と改めて。



そんな自戒の機会。
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どうなるキューバ&音楽の力 [その他]

国内の状況も気になるが、
キューバの状況も気になるところだ。





カストロ引退。




さぁ、どうするキューバ。
どう舵を取る。







以前紹介したことがあったけど、
マニックスことManic Street Preachersがキューバで
「西側諸国」初のバンドとしてライブを行ったことがある。


そのライブ。

最後がまさかのビートルズナンバー









ノリ方もわからなかったキューバの人達が最後はノリノリ

音楽の力、いいね。







カストロをして、彼らのライブは
Louder Than War」









1日家の中でこちょこちょとキーボードを叩いていると視野が狭くなる。
せめて1日の終わりは世界のことを考えたい。


偉そうに酔っぱらいの戯言よ。


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Gmail motion [その他]

話題ですね。

面白い。



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メチャイケ [その他]

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沖縄





どんだけ?







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地下深く 永遠(とわ)に ~核廃棄物 10万年の危険~ [その他]

BS 世界のドキュメンタリーに 「地下深く 永遠(とわ)に ~核廃棄物 10万年の危険~」という番組があった。


以下、HPより転載


各国が頭を痛める原子力発電所の廃棄物問題。北欧のフィンランドが世界に先駆け、核のゴミの最終処分場の建設に乗り出している。「オンカロ」(フィンランド語で「隠し場所」)と呼ばれる処分場は、太古の岩盤層を深さ500mまで掘り下げた先に作られ、施設が国内で排出される核廃棄物で満パンになる約100年後に、入口を完全封鎖されるという。

核廃棄物の最終処分が難しい理由は、実はその先である。廃棄物が出す放射線が、生物にとって安全なレベルに下がるまで、欧州の基準では少なくとも10万年かかるとしている。つまりオンカロは、人類の歴史にも匹敵する膨大な歳月の間、安全性の確保が求められるのだ。革命や戦争が起きたり、気候や地殻の大変動に見舞われたりしたとしても・・・

最も危惧されているのは、今の人類が姿を消したあとの未来の知的生物が処分場に侵入し、放射線が漏れ出してしまうシナリオだという。そうならないよう、近づくと危険だという警告を伝えた方がいいのか?しかし、どうやって?あるいは何もせず、記憶から消し去ってしまう方がいいのか?原子力というパンドラの箱を開けた人類が直面する難問を描く。2010年 国際環境映画祭(パリ)グランプリ受賞作品

原題: Into Eternity
制作: Magic Hour Filmsデンマーク 2010年)


(転載ここまで)












先月これを見た。

核廃棄物の処分というのは、
物理的にも、経済的にも、倫理的にも大変なものである。


痛ましい事故が我が国で起こっていること、
それに対する説明責任がきちんと為されていないことは
大きな危惧である。


現場で手足を動かしている方達に、
なんとか頑張って欲しいと思う一方、
怒りとストレスは溜まるばかりである。


どうにもならないことを嘆いても仕方がないのだが、
自分達の手で作っておいて、誰の手にも負えないというのはあまりにも無責任な、と
思わざるを得ないこの状況である。




いずれにせよ我々個人は、原子力との付き合い方を選ばなければならない。
正しい知識と明確な意見を持って。
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睡眠十時間 [その他]

年に1度か2度、十時間ほど眠る日がある。
なぜか本日それが訪れた。

いつもは八時間寝たら体が重くなるような気がするのだが、
この時ばかりは十時間の睡眠によって体が軽くなる。

よほど疲れを溜め込み、吐き出すのだろうか。





僕は毎夜、床に本を数冊持ち込み、
瞼が閉じるその瞬間まで活字を眺めている。


しかし、毎夜持ち込む本は読み切れず日々増えて行く。


今も約50冊以上の本がベッドの1/3を埋め尽くしている。


そのせいかどうかわからないが、
僕は寝相が良い。

びくともしない。








狭い寝床からスッキリと目覚め、
朝飯代わりの昼食を終え、
コーヒーを淹れ、ボーッと夢想する。



すでに今日は半分を終えているが、
良い一日になりそうな気配に心が弾んでいる。


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原子力とは何者なのか?そろそろ土俵に上げませんか。 [その他]

地震について
短期的にできることはまず、個人、会社としてやっていく。







中長期の視点でこの地震について何を学び、何を考えるべきか、
というとやはり「原子力」これは1つ大きなキーワードになりそうだ。


文系のワタクシらしく専門的なことは全く知識として持ち合わせていないので、
経営的、倫理的側面から考えてみたい。



まず、今回の天災から学んだことは、



1)専門家が「想定の範囲外」を連発しすぎるということは、
 大前提として安全性が担保されない、危険な賭けをし続けてきたということ。
 
これは経営者の観点で言えばあり得ませんよね。
常に予測不能なリスクに対して目を背け、あるいは気付かない?
(ならば経営者そもそも失格です)。


更に言うと、
仮に、ですが、
水素爆発が何度起ころうとも、チェルノブイリ級の事故は起きないとする。

しかし、それはあくまで専門家の知識。
群衆の心理はそうは動かない。
それは高度に倫理観や秩序が重んじられるこの国でも明白です。

ここ数日、比較的被害の軽い地域の群衆が個別最適な行動を取っているのは
明らかですし、情報の取捨選択ができず(メディアのせいでもある?)、
短絡的な意見を口にするのも見て取れます。


要するに、「原子力」、「核」というものが
とてつもなく恐ろしいものだ、というイメージが過去最大級に膨れ上がっている
ということです。


それを引き起こした、リスク管理能力の低さは
何らかの責任に値すると思います。







2)化学と倫理の融合の時代来ているのではないかということ。

今の日本、そしてこれからの日本は核のエネルギーで電力をまかなうような
時代なのかどうかということです。

化学や技術の進歩は言うまでもなく、
今日素晴らしい恩恵をもたらしてくれているのですが、

例えば、山の中で海水に育つ魚を養殖できることを誇らしげに報道する、
ということに違和感を覚える人がいるように、(ワタクシはそうですが。)
核という技術が素晴らしいもので、ある程度の安全が本当に担保されるとしても、
それを本当に享受すべきなのか、というのは別の問題ではないかと思うのです。


また、魚の問題と別の側面でいえば、
核は正のエネルギーでもあり、負のエネルギーでもあるという観点もあります。




更に違うたとえですが、
今日、節電のため、銀行や郵便局の自動ドアが使われておらず、
職員さんが手動で開けていた。

ふと、「そもそも自動ドアは誰のため?」と思ったわけです。

自分で開ける。
あるいは、
開けられない人には誰かが手を差し伸べる。

それで良いのではないでしょうか?

過剰な夜のネオンは誰のため?何のため?


もちろんこれらの電力など核がもたらすエネルギーの
微々たるものであることは承知ですが、
「できるからやる」という考えは恐らく高度経済成長の時代には
最適だったのかもしれないのですが、これからの時代はどうでしょう。
できることが増えすぎましたし、そろそろ、
天井をさらにさらに高くする事を考えるのではなく、
自らの天井を明らかにし、その中でやりくりする時代に真剣に突入すべきではないか
と個人的には思います。

「原子力は役目を終えた」と声高らかに宣言しても良いのではないでしょうか。



ありがたいことに親や祖父母の世代の頑張りによって
何不自由無く、その恩恵を受けてきた、
間違いなくそのど真ん中にいる自分が、
あえて不自由を求め旅に出る。そういう生活をしたがる。


割とそんな時代なのではないかと感じています。










私は特別原子力発電に対しネガティブな意見を持っていた訳ではありませんが、
この際、一度徹底的に議論する時間が必要なのかな、ということを
強く思っています。





以上。


ちと固すぎたか。
でも、本音。
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